グランドデザイン

このようなツィートがあり
「日本政府に対して腹が立つのは、グランドデザインを説明しないこと。「現状はこうなっていて、このままだとこうなる見通しです。それをどのように改善するために、こういう施策をとります」という基本的な説明がない。全体図が見えないから、何をやっても単なる思いつきのように見えてしまう。」

コメントを付けて、リツイートした。
「おはようございます。この指摘はなにか納得。(そして自分がやっていることも、グランドデザインが薄いかもしれない)」

グランドデザイン、自分の頭の中では、長期的計画、と変換された。長期的的展望、と変換された。長期的希望、長期的計画というイメージなのかもしれない。
そちらもだが、より自分に響いたのは「説明」という言葉だ。例えば自分の作品を作り、劇団を動かすときに展望を描き、説明をしたかというと……まあ心許ない(笑)。自分の行動については、意図的にそうしたところもある、という言い訳をして置こう。しかし、20年勤めた会社なり、あるいは公共の場でもあまり、グランドデザイン的な言葉を聞かないように思う。威勢のいい言葉はあっても、裏付けがないように聞こえてしまう。
(よく、ニュースである。公共の建物を建てるときなど、地域の方が「持っと説明をしてほしい」。説明はされているが、届くようには説明がされてない。あるいは、書いていて思ったが、建前、忖度、言わなくても分かるでしょというイメージを前提に説明されているのではなかろうか)
なにか、文化的にというか、うちの国はそういうことが苦手なのだろう。

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