読んだ本 フレドリック・ブラウン「さあ、気ちがいになりなさい」ユーモアと冷たい視点、この冷たさがSFだ。

さあ、気ちがいになりなさい (ハヤカワ文庫SF)

「フレドリック・ブラウン」である。フレ”デ”リック・ブラウンではない。長年「フレ”デ”リック」だと思ってたし、いま書いていても”デ”と”ド”を間違えた。けど仕方ない。嫌がったんだから。本人が。「フレ”デ”リック」と呼ばれるのを、イヤだって。言ったらしいんだから。Wikipediaにそう書いてあったんだから(要検証。個人的には)。Googleで「フレ”デ”リック・ブラウン」と検索すると、「フレドリック~」の方に飛ばされるか、ガンダムの登場人物が出て来る。ガンダムの方はどういうことなんだろう。まちがって名前を付けてしまったんだろうか?なんとなく可哀想になる。

短編小説、短編で「主人公がどのように動かされるか・動くか」知りたくて読んだ。短編と言えばブラウンだし。読んでみて驚いた。1950年代の作品だ。しかし古くない。そしてSFだった。思ったよりSFだった。これだからフレドリック・ブラウンは、SFの作品量としてはそれほど多くないのにもかかわらず、このSF世界の片隅でずっと記憶されているのだ。
ユーモラスな描き方の中に、悲しみと、もしかしたら驚くほど巧妙に、冷たさが仕込まれている。この冷たさがSFの視点なのかもしれない。
以下、この短編集の中で特にSFを感じた3篇。とくに最後の表題作では、”足下がひっくり返る感覚”を久しぶりにあじわった。最近見なくなった言葉だがこの感覚を「センス・オブ・ワンダー」と言ったはずだ(笑)。

以下、今月の読書談義に持っていった文章

短編集「さあ気ちがいになりなさい」(COME AND GO MAD AND OTHER STORIES)ハヤカワ文庫SF 星新一訳
「みどりの星へ」
宇宙飛行士マックガリーがこの星に不時着してから三年以上が経った。彼はひたすら、地球に帰る手がかりを探して、この星の赤い森の中をさまよっていた。この星には水・彼が食える生き物など様々なものはあるが、ただひとつ「緑」という色がない。ある日、彼はたまたまこの惑星に着陸した宇宙船に救助されるが……。
「おそるべき坊や」
手品ショーで出会った少年と悪魔の身に起こる奇跡が世界を救う
「さあ気ちがいになりなさい」
自分がナポレオンだという記憶を持つ新聞記者が、精神病院に潜入取材するために「自分がナポレオンだと信じている患者」という“ウソ”を付くことになるが……。
この表題作と「不死鳥からの手紙」などの作品で、ユーモラスではあるが人間を突き放した視線を感じた。それは、背後にある種の冷酷さを持った視点であり、私たちの通常の“人間らしい温かみ”とは外れたものであり、それに気付いたときには自分の足下が崩れていくような快感を味わうことが出来る。SFならではの快感だ。

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