ル・グイン「ゲド戦記」の読書会でティプトリー・ジュニアを思う。

たったひとつの冴えたやりかた 改訳版

ル・グイン死去のニュースを、インターネットの配信で読んだ。
驚いた。「アメリカ人SF作家」の死亡記事が新聞社のサイトに載ることに。
「SFの女王」という肩書き、それは納得する。他の女性作家は?と思った。SFの女性作家……さっと出てきたのがティプトリー・ジュニア。残念ながら、他にもおられるが、女性のSF作家がそれほどは思い出せない。
また、ル・グインとティプトリー・ジュニアは、対比として良いと思う。
だからこの間から、手持ちのティプトリーをパラパラと読み返している。

ル・グインもティプトリーも、それほど読んでなかった。
だから、ふたりについて考えているというより、復習させていただいているという感じだ。ティプトリーは「愛はさだめ、さだめは死」。ル・グインは「ゲド戦記」「闇の左手」エッセイ集「夜の言葉」。

ティプトリーは好きじゃなかった。不安定すぎた。血と粘膜の匂いがした。「接続された女」を読んで恐怖した。そのシニカルさには、読み返して初めて気づいた。破壊的で不安定だ。ル・グインの端正な文章とは、やはり対照的だ。

ただ、意外なほどに古びていなかった。新鮮だった。伊藤典夫、浅倉久志の巧みな訳のせいかもしれない。2000年代のアメリカのとんがった純文学の新人、といわれて読んだらそのまま信じてしまうのではないか。40年ほど前の短編なのに。いまでも思いつかないような視点で世界を壊している。パンク・ミュージックのように。

ル・グインはまだまだ忘れられないだろう。ティプトリーを読む人は、これから減っていくような気がする。いまこの時点で、ティプトリーを読んだことは幸せだった。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする